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 「最近、心配なことがあるの、ルッチ」
「お前はいつも心配ばかりだな、カリファ」
 生意気に口の端を上げて笑うルッチに、カリファは肩を竦めた。
「茶化さないで、セクハラよ」
「バカヤロウ」
 ルッチにとってはカリファは姉のような存在で、いつもは自分の命令を淡々と聞き入れて作業をする彼女が、時々進言してくるのは嫌いじゃなかった。

 「…心配なことがあるのよ」
 カリファはもう一度そう言って、じっとルッチを見つめた。ルッチはこれまでも任務で大きな怪我を負ったりと彼女を心配させたが、今度はそういった類のことではなさそうだ。ルッチも思わず真剣な面持ちになる。
「…狼には気をつけなさい」
 カリファはそう言った。意味がわからず、ルッチは首を傾げる。
「狼がなんだ?」
「狼には気をつけて…。油断しちゃだめよ。喉元に食いつかれて噛み切られてしまうから」
 カリファは真剣だった。けれどルッチはその意味がまるでわからず首を傾げている。いまいち釈然としていない様子のルッチに、カリファは顔を近づけた。
「男はみんな狼なのよ、特に…彼には気をつけて…いいわね、ルッチ」
「…誰のことを言っているんだかな…」
 そもそも、自分だって男なのに。そう思ったがそれは口にしなかった。
「わかればいいのよ」
 カリファはくすっと笑みを溢す。彼女の不安や心配は当たることが多かった。それだけルッチのことを見ているからだ。歳は少し下なだけだが、とにかく生意気で、けれど誰より強いルッチ。時々、子供らしい顔をするのが可愛くてたまらないから、構って守って、お節介もしたくなる。

 狼には気をつけて

 その言葉を頭の中で繰り返しながらルッチはカリファの部屋を後にした。すると、廊下には…。
「よぉ…、ルッチ」
 狼が。
「…そんなところで何をしている、ジャブラ」
「ぎゃはは、てめぇが姉ちゃんとこから出てくるの待ってたんだろうが」
 ジャブラは調子良さそうに笑って、壁に凭れて立っていた。

 ルッチの頭の中でカリファの声が響く。

 狼には気をつけて。

 彼はあなたを食い殺すつもりだから。

 けれど、ルッチは口の端を上げた。

 狼など、怖くはない。

 「…迎えに来たなら声をかければよかっただろう」
「そこまでがっついてねぇよ」
「…どうだかな…」
「あァ…まぁいい、その話はよ。…俺の部屋、来いよ、ルッチ」
 狼が手を伸ばして誘う。そこは彼の領域。ただでさえ危険なところ。
「…いいだろう」
 ルッチはジャブラの前を歩いた。進む先はジャブラの部屋だ。後からついてくるジャブラは、べろりと舌なめずりをする。

 カリファは残った紅茶を飲み干してため息をついた。
「…無駄な忠告ね…」
 強くて可愛い大事なあの子が、狼の餌食になって泣かされるのは我慢ならない。けれど、あの子は危険なものを壊すのが好きだから、きっと近付いてしまう。相反する能力を得た時からそんな予感はしていたけれど。

 「なぁルッチ」
 狼の手がルッチの肩にかかる。ルッチはただそれを見ていた。短い黒髪が撫でられて、そこに顔を摺り寄せられる。心地好い緊張感にルッチは目を細めた。
「お前の姉ちゃんに…俺はだめだって言われなかったか?」
 ニヤニヤと笑う狼の顔は嫌いだ。けれど触れる動きは嫌いじゃない。
「貴様など怖れる必要がない…」
「ぎゃはは、あァ、そうだな! それでいいぜ…」
 抱き寄せられて、ふとルッチは思った。狼の虜になった豹は、爪も牙も失ってしまうのだろうか。それは、痛みを伴うのだろうか。

 あの子が痛みに涙を流すことのないように。
「…私に出来ることはそう願うことだけね…困った子だわ、ルッチ…」


 

お姉さんカリファと、お姉さん子なルッチ(そして更にお兄ちゃん子なカクとか)
この二人、最近女の子同士っぽくなってきた…。
狼と接近しつつあるのが心配な姉さん。
ルッチはその心配を他所に、怖くないと急接近。
狼は罠を張ってルッチをおいでおいでと手招きしてます。
お姉ちゃんが忠告したその時には、もうすでに狼のもの。
2007/04/23籠城


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